アスペのグレーゾーンが不安を書くブログ

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アスペルガーグレーゾーン(仮)の社会人が日々の不安や気になる本について書くブログです。

8/4の不安:最近考えていること ①なぜ親は自分を産んだのか。

最近ずっと過去のことを思い返しては、あれはああだった、これはこうだったと整理しようとするきらいがある。

ほんとは過去のことなんて考えないで将来のことを考えるべきなんだけど、、、

あれこれ考えても堂々巡りするばかりだからとりあえずここに書き出して形にしようかと思う。

ちなみに、思考は堂々巡りしているだけだから、特に結論とか言いたいことはあまりない。

それで考えていることというのは大きく分けて二つある。一つはなぜ親は自分を生んだのかということ。もう一つは大学時代に生きているという実感が薄かったということ。

今日は一つ目のなぜ親は自分を産んだのかということについて書こうと思う。

①なぜ親は自分を産んだのか

最近時間があると、なぜ親は自分を生んだのだろうかと考えてしまう。なぜ、そう考えてしまうのかというと、自分自身があまり子供を産むことについていいイメージを持っていないからだ。それに未だに生まれたことに喜びを見出せていないし、当の親もそこまで幸せそうには見えないから、というのもある。

子供を持つことを考えてそれが発展してなぜ親は自分を産んだのかという考えに行き着いてしまう。

別に子供が嫌いなわけではない。

高校の同級生にはもう子供がいて何度か相手をさせてもらったことがあるけれど、ほんとにかわいいと思うし、ズボンによだれを垂らされてもなんとも思わない。

この子が将来どんな子に育つのか楽しみでもあるし、赤ちゃんというのは本当に可能性のかたまりだとも思う。

その一方で、自分は自分の遺伝子を持った子供がこの世に生まれてくるのが、少し恐ろしいことだと思っている。

(まあ、まだ彼女もいないのだし、気にすることではないのだけど。。。それでももう28歳なのだから自分が家族を持つことを視野にいれて活動するか、それとも一生独身を覚悟して活動するかは大きく方向性が異なってくることだから、考えて無駄なことではないと思う。それに自分とて、女の子に言い寄られたこともゼロではない。)

それで、自分はまだ自分のことを肯定できていないし、過去のことを思い出してみても、もう一度保育園、小学生から人生をやり直したいとも思わない。

だから、そんな生きても喜ばしくもない人生をもう一度子供に歩ませるというのは恐ろしいことだと思う。

それにたった数人でしか共有できない価値観を身内で共有して内輪で盛り上がるのもなんだかな。。。と思う。有象無象を増やして何になるのか。

そんなわけで、街中で決して人生とんとん拍子でやってきたわけではないであろう晩婚の夫婦が小さい子供を連れて歩いているのを見ると正直ぞっとする。

きっと、その二人にとっては子供を持つことが喜びだったんだろうけど、その生まれてきた子供に負担を負わせてはいやしないかい?と疑いの目を向けてしまう。

その子供は親二人の幸せのために犠牲になってこの世に生を受けたことにはならんかと。

人の血が通っていないと言われそうだけど、自分はそう考えてしまう。

自分の親も晩婚だったし、そのせいかどうか分からないけれど、自分は生まれつき病気を患って心臓の手術をしている。正直高齢出産にはいいイメージがない。

そう考えると、自分の親も含めて、苦労してきたであろう人たちに、本当に子供を産むことが自分の幸せなのかと改めて問いたい気になってくる。

自分が考えるに、自分の親が自分を生んだのは単に、当時「子供を産む」ということが当たり前だったから、だと思う。

当時は今ほど個人主義が強くなくて、大衆社会だったから、結婚して家を買って、子供を産むということが当たり前だったし、その当たり前から外れることは不幸を意味したんだと思う。

今の自分は人生が多様化した時代に生きているから、皆と一緒、マジョリティであることが幸せだったと勘違いしていた親、自分の幸せというものが社会的な価値観に左右されていた親の存在を思うと虫唾が走る思いがする。

晩婚の二人を見てぞっとするというのはそういう意味もある。本当に子供を持つことが幸せならそれでいいんだけれど、その幸せだと思っている考えが、本当に自分に根差したものなのか確認したい。子供を持つことが普通だから、その普通から外れたくないから、、、というのであれば、もっとしっかり考えてほしいと思う。

確かに子供をもつ理由というのは、単にそれだけでないことも分かっている。

以前も記事に書いた「機能快」の話をすると、人間にとっては自分の持っている能力を駆使することが根本的に快であるから、「子供を産む」という能力を持った女性にとって、子供を産むということが本能的に快であることは想像に難くない。ただこれは母親だけの問題だし、一番の理由にはならないであろうからここでは考えないことにする。それに本能に関わることだから、そういった点では親を責めるつもりはない。

それと介護の面倒を見る役割を担わせるというのもあるかと思う。これはかなり打算的ではあるけれど、わからなくもないからここでも親を責めることはしないことにする。

あとは、幼少期に温かい家庭で育ったから、自分もそのような家庭を持ちたい、というのがあると思う。

しかしながら、自分がぞっとすると言った家族からは「温かい家庭で育った」というような印象は受けない。

それに、これは自分の親にも当てはまらないと自分は考えている。

なぜなら、そんな人情味のあふれた親ではなかったし、そもそも親同士がそんなに仲良くなかったから。さらにいうと温かい家庭が再現されてはいなかったから。それが証拠に我が家には家族写真というものが一切なかった。

我が家は皆が皆それぞれを馬鹿にしていた家族だった。

母は父親のことを非難していたし、自分はそれを習って父と、それとずっと比較対象だった兄を批判していた。兄は自分のことを馬鹿にするし、父は一人、他人に無関心だった。

そんなわけで家族の「絆」とか、家族の「愛」といった言葉が似つかわしくない家庭で自分は生まれ育ったと思っている。

話が少しずれたけど、親が自分を産んだのは結局社会的な価値観に左右されただけだったのだと想像する。そんな本当の自分のこだわりとか喜びとは違うところに根付いている欲求で自分なんか産んでほしくない。

こうやって書いていて気付いたけれど、とにかく自分は親に自分を産んだ理由を説明してもらってそれが最適だったのか教えてもらうか、もしくは謝ってもらえば気が済むのだと思う。

こういうことを書くと、いい歳してとか、全部自己責任と言い出す人が少なからずいるけれど、自分の不都合を責任転嫁しないと心のバランスが保てない自分のことも少しわかってほしい。

まあ、自分の生まれてきた意味を親に問うてみたり、責任転嫁しようとしたりするのはまだ自分は精神的に自立できていないとうことを意味するのかどうかはまた考えてみることにする(多分遅れてきた反抗期)。

最後に昨日紹介したばかりの三島の戯曲『近代能楽集』の中の「邯鄲(かんたん)」から1シーンを引用しておく。

fecunditatis.hatenablog.com

 美女:ほーら、パパに会いに行こう、いいかい、泣いちゃだめだよ、パパはまだ子供のくせに、とても気むずかしいところがあるからね。(籠を次郎の床のそばへもってくる)ほーら、パパよ。パパ!見て頂戴。あたくしたちの最初の子供よ。

(中略)

次郎:僕と似た奴が生まれるなんて、ああいやだ。

美女:(悲鳴をあげる)あ、よして!

次郎:(枕もとの灰皿で籠の中を乱打しつゝ)こうしてやる、こうしてやる!

美女:よしてよ!何なさるの、よしてよ!

次郎:死んじゃった・・・

美女:坊や!可哀そうに、可哀そうに・・・

次郎:これでいいんだよ。こいつが生きていて大きくなると、いつかは親爺と似ていることを苦にしなきゃならない。みんながそいつをくりかえしてるんだ。

 夢オチなのでご安心を。。。。

明日時間があれば、二つ目の大学時代に生きている実感が薄かった件書く予定。

以上。