アスペのグレーゾーンが不安を書くブログ

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アスペルガーグレーゾーン(仮)の社会人が日々の不安や気になる本について書くブログです。

8/24の不安:庄司薫『ぼくの大好きな青髭』新潮文庫

私には学生時代に繰り返し読んだ小説が3つあります。一つは三島由紀夫の『金閣寺』、もう一つが『仮面の告白』で、最後の一つが『ぼくの大好きな青髭です大学時代に他大学の文学部の友人に紹介してもらいました(いい友を持った!)。

 昨日、古書店へ行った際にハードカバーの古い『青髭』を見つけて懐かしくなって買っちゃいました。それでこの本のことを記事にしておこうと思い立ったわけです。

『ぼくの大好きな青髭』は庄司薫芥川賞を受賞した『赤頭巾ちゃん気をつけて』に続く「薫くんシリーズ」四部作のうちの一番最後の作品になります。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』、『白鳥の歌なんか聞こえない』、『さよなら怪傑黒頭巾』ときて最後に『ぼくの大好きな青髭』です。

赤、白、黒、青と作品名に色が入っているのに気付いたでしょうか。

どうやらこれは中国の神話の青竜、朱雀、白虎、玄武」から来ているらしいですのですが、恐らく作品の内容には関係ありません。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』はピース又吉直樹の『第2図書係補佐』という読書案内の本でも紹介されていたかと思います。皆さんぜひ。

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

  • 作者:又吉 直樹
  • 発売日: 2011/11/23
  • メディア: 文庫
 

 

薫くんシリーズは、学生闘争のため東大の入試が中止となった1969年を舞台に、名門日比谷高校の生徒庄司薫くんが様々な出来事に出くわしながら奔走する、という青春小説になっています(日比谷高校と言えば古井由吉夏目漱石谷崎潤一郎がOBですね、作家だと)。

1969年を舞台としていますが、まさに1969年当時に書かれた作品なので、今では死語になったサイケデリックとかフーテンとかゲバ棒とかゴー・ゴーパーティなんて言葉も出てきます。

1969年は学生闘争の激化した時代ですよね。

同じ時代を舞台にした作品だと三田誠広の『僕って何』とかがあったかと思います。タイトルのとおり学生闘争が絡んだアイデンティティの話だったと思います。

僕って何 (1977年)

僕って何 (1977年)

 

 

また翌年の1970年は三島由紀夫が市ヶ谷で切腹したり、よど号ハイジャック事件が起きたり、大阪万博が開催されたりしています(興味深い時代です)。

岡本太郎太陽の塔を建てたのもこの時代ということです(三島由紀夫もそうですが、岡本太郎の本も学生時代よく読みました)。

薫くんシリーズは、Wikipediaに「軽妙な文体」と書かれていますが、その文体がとても特徴的な小説です。

薫くんが饒舌に語りかけてくるような、勢いが止まらないようなそんな感じの語り方なんです。

しかもこの語り方、文体は村上春樹に影響を与えたと言われています。すごくないですか??

第1作目の『赤頭巾ちゃん気をつけて』新潮文庫の解説には以下のように書かれています。

 三島由紀夫林達夫など、好意的な評を寄せた作家・評論家もいるのだが、「文壇」の冷ややかな反応と、一般読者のあいだでの人気の爆発との差がすさまじい。しかし、約十年後には、たとえば村上春樹のエッセイに見られるように、この文体に影響されたやわらかい文章が、あとの世代の男性文筆家に引き継がれ、ごく当たり前のものになっていった。

村上春樹に影響を与えたことが書かれていますね。

さて、私が一番好きな第4部作目『ぼくの大好きな青髭』ですが、1969年7月20日アポロ11号が月面着陸するその日の新宿を舞台にしています。

四部作ごとにテーマが異なるのですが、この青髭は「若者の挫折」が一つのテーマになっていると思います。夢をもって上京した若者が集まる街、新宿が舞台になっているわけですね。

冒頭はなぜか、サングラスに麦わら帽子とサンダル、虫取り網、そして鼻の下に八の字の髭という格好をした薫くんが新宿の紀伊国屋書店(今もありますね)にいるところから始まります。

状況が呑み込めなく面食らってしまいますが、この後怒涛の展開を見せるので何度読んでも楽しめちゃいます。

決してハラハラドキドキものではないですが、主人公薫くんの周りにいろんな人が現れては何か語り掛けて去って、現れては去ってを繰り返していくので目まぐるしいんですよね。

読み終えたあとにものすごく長い時間がたったような気がするんですが、これはたった一日の話なんです。それだけ新宿での薫くんの一日が濃い。(内容自体もちょっと難解です)

そして語り掛けてくる人たちがみんな何かしら悩みを抱えていて、それでいてなんとかしようと奮闘している姿が印象的です。

それぞれの立場でみんながみんな夢に向かって奮闘するんですけれど、現実はそんなに甘くなくて、、、

この時代にありがちかもしれないですけれど、原始共同社会みたいなものを目ざす集団とか現れるんですけど、結局失敗しちゃうんですよね。当たり前だけど。

その他にも絵描きとかそういったアーティストを目ざす子とか、さらにそういった夢見がちな子を煽るだけ煽って記事のネタにした後はポイってしちゃうマスコミとか、そうした夢破れた青年たちを救う十字架回収委員会、さらにその十字架回収員会を研究する有志の集団等々、、、、

本当に色々な立場の色々な考えをもった人たちが薫くんの前に現れては何かを語り掛けて去っていくんです。

その語り掛けてくる言葉にも色々考えさせられますし、夢は必ずかなうよという脳内お花畑ではなくて若者の挫折する姿もしっかり描かれていて考えさせられちゃうわけなんです。

ここで十字架回収員会を研究する有志の言葉を引用しておきましょう。

「つまりですね、もしも今、この世界が確実に大変化しつつあり、人間もまた急速に変わりつつあると仮定したらどうでしょう。当然そこには、さまざまな理由からその変化に適用できない多くの人々が生まれ、また一方ではそういった人々の巨大な不幸を極度に敏感に感じ取る一群の人々がこれまた沢山現れても不思議ではない、ということになるでしょう?で、その一群の人々のなかに、たまたまその、他人の不幸を見逃してはいられないといった気持を抱くタイプの人間がいると、ここに或る種の人類救済のための委員会の類いが生まれることになるわけです。」

(中略)

「さてそこで、では現代における不適応の最も現代的典型とは何かと考えると、結局のところ、大きな理想を持つというところにそもそもの原因があると思われるわけです。何故かというと、正義でも善でも真理でもなんでも、とにかく大きくなればなるほど単純にならざるを得ない、というわけですからね。そこで、従ってその委員会などを構成するような人々から見ると、現代においては、古めかしくも大志などを抱いている青年たちこそ、あたかも古ぼけたでかい十字架をかついでよたよた歩いている、最も悲惨な不適応の典型の如く見えるのではあるまいか、ということになるわけです。

すこし長くなりました。夢を持つことと不適応の関係が記されていますね。大志を抱いた青年が現代の不適応の典型と書かれています。現代においては叶わない夢を持つことで不適応(エネルギーの不完全燃焼)を引き起こしているということだと思います。

またこれは庄司薫くんのセリフではないのですが、上記からなんとなく文体がこんな感じだということがわかるのではないかと思います。

ちなみにこの話の後に「私立軍隊入隊」の話が出てくるのですが、この私立軍隊というのは三島由紀夫が設立した「盾の会」のことではないかと私は睨んでいます。

三島由紀夫の生きた時代とも重なるのでこういうところで話が繋がるのも面白いです。

話を元に戻しますが、才能とか努力といったことに関してもいろんな考え方が記されています。

以下は主人公薫くんの友人のお父さんのセリフです。

「(中略)お金を入れれば何かが出てくる。お金を入れなければ、いくら一生懸命ボタンを押しても何も出てこない。そんな人生なんてほんとにそれでいいものなのでしょうか。私は納得できない。私は、どうしても納得できないんです。なんのとりえもなく才能もなく、とりたてて善いことをしたわけでもないのにそれでも仙人と娘が笑って待っててくれる。これでなくてはいけない、そうじゃないでしょうか。善いことをしたわけでもなく、しようと努力したわけでもなく……、だって努力するのだってとりえの一つ、才能の一つでしょう? いや、それどころか、言うことをきかずにいたずらしたり、悪いことをしたり怠けたりする、でも、それでも笑って待ってて、虹のような橋をかけて連れ出してくれる。それでこそ、ほんとの人生じゃないでしょうか。ね?そうじゃありませんか?」

極端な話ですが、そういった考えがあっても不思議ではないですよね。実際にはそんな人生ないかと思いますが、努力するのが美徳とされていなければ、もっと生きやすい世の中になると思います。

続いては本書のキーパーソンとなる人物のセリフです。

「あたしは馬鹿で、勉強が嫌いで、才能もないし、だからあたしみたいなのが生きていくには、おとなしくお行儀よくしている他ないって、よく分かったのね。だって、人間が好き勝手に生きるってことは、頭がよかったり、力があったり才能があったりする人にだけ許される贅沢なんでしょう? そうじゃない人は、周りの言うことをよくきいておとなしくしている他ないんでしょう? 人間はみんな同じだなんて嘘で、自由に生きる資格のある力のある人と、一生懸命おとなしくしていてそれでやっと生きていける人とがあるんでしょう?

そんなことないよ!って語り掛けたくなっちゃいますね。

新宿の熱い夏の日のことですが、最後は新宿御苑の夜空に包まれて終わりを迎えます。明るい時間のあの騒々しさとは打って変わって涼しげなゆったりとした雰囲気です。

小説の裏表紙に書かれている通り、「若者の夢と挫折を待ち受けて消費し発展する現代社会の真相」を突き付けられるわけですが、読んだ後はなんだかほっこりした気分になれます。

また時間があるときにじっくり読んでみたいな~と書いていて思いました。そしてまたじっくり考え事してみたい!

わかりやすいセリフだけ引用したので実際にはもう少し難解ですが、スルメみたいに読めば読むほど味がすると思います。めちゃくちゃ内容が濃いです。

一度読むと薫くんの語り口がクセになっちゃいます。ぜひ読んでみて下さい。

今日は以上!