アスペのグレーゾーンが不安を書くブログ

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アスペルガーグレーゾーン(仮)の社会人が日々の不安や気になる本について書くブログです。

6/18の不安:コロナが収束して日常に戻るのが憂鬱って人いると思う(視線そらし攻撃がつらい。)

一日お疲れ様でした。

今日は15時くらいにほぼやる事が無くなって、今日は珍しく爆速で帰ってきました。

すごい。18時半に会社を出ました。

まあ、たまにはこういう日があってもよいと思います。

先週はめちゃくちゃ忙しかったですし、今日も午前中は社外の方とWEB会議だったので朝は少し憂鬱でした。

日程調整から、資料作成、WEB会議のセッティング準備等々、全部自分でやりました。

「全部自分で」と書きましたが、自分に計画性、工程管理能力があると思わないで下さい。逐一上司から出される指示に従ったまでです。

まあ、それでも、打合せの進行どうしようかとか、準備不足で十分な打合せにならなかったらどうしようとか色々考えて不安ではありました。

ですが、杞憂でした。

作った資料はほとんど見られることなく、上司が一人で喋って進めてくれたので助かりました。

以前、記事に書いた「あれ、終わった?」と聞かれていた仕事も昨日の夕方に片付けましたし、久々に暇になりました。

fecunditatis.hatenablog.com

 

よかった。よかった。

ただ、最近思うのはコロナが収束してきて会社に再び人が戻ったことによって少し憂鬱に感じる瞬間が多くなってきたなーということです。

どういうことかというと、単純に人が多いので、お昼ご飯に行く途中のエレベーターで中途半端に知り合いの方と一緒になっちゃったりして気まずいということです。

それに意外と心にくるのは、仲が良くも悪くもない同期がすれ違う時にあからさまに視線をそらして自分の存在を無視してくることです。

まあ、私自身が同期に興味ないので、特に話したいこともないのですが、存在を無視されるということが、本能的にストレスになるような気がします。

私はよっ友(よっ友とは、すれ違いざまに「よっ!」と挨拶するだけの関係の友人、というか知り合い)でも「よっ!」ぐらいは言いたい人間なので、最近その視線そらし攻撃にやたらと遭遇して病みかけています。。。

まあ、気にすることじゃないんですけど。

人に嫌われることは自然なことですよ!(言い聞かせ)

fecunditatis.hatenablog.com

 

まあ、そういうわけでタイトルの話になるんですよね。

私以外にも日常が戻ることが憂鬱な方いらっしゃるんじゃないでしょうか。

三島由紀夫仮面の告白』から、主人公が戦争の終わりに降伏申入れの宣伝ビラを見て戦争が終わることを理解すると同時にある事実について了解するシーンを以下に引用します。

仮面の告白 (新潮文庫)
 

  私はその写しを自分の手にうけとって、目を走らせる暇もなく事実を了解した。それは敗戦という事実ではなかった。私にとって、ただ私にとって、怖ろしい日々がはじまるという事実だった。その名をきくだけで私を身ぶるいさせる、しかもそれが決して訪れないという風に私自身をだましつづけてきた、あの人間の「日常生活」が、もはや否応なしに私の上にも明日からはじまるという事実だった。

戦争が終わる事よりも「日常生活」が始まる事の方が恐ろしかったんですね。。。

学生の頃はやたらとこういう文章が自分を惹きつけました。

 

なんか、もうちょっと、さらっとした人との接触の時に軽くお喋りできたりするといいのになーと思います。

それでも前より深く悩まなくなったのはいいことだと思います。

昔は動悸がし出すし、顔ひきつるし、どもるしで身動きが取れませんでした。寮生活という荒療治で治ったのかも。

 

ちなみに、今日は久しぶりに親と電話しました。

父の日が近いということで「おウチでマジ牛タン」プレゼントしました。父親がお肉好きなので。。。

母から「ボーナスのないお父さんへの施しですか?」と返事がきました。

sggk.shop

注文殺到して在庫がないみたいですね。

私も5月末に注文して2週間以上たってようやく親の元へ届きました。

以前は親が自分を生んだ理由がわからなかったし、親の存在自体が鬱陶しかったので、贈り物とか考えられなかったのですが、徐々に深く考えないようになりました。

ここらへん、自分の気持ちを分析しようとは思いません。

ということで今日は以上!